三十年間、お菓子を作り続けてきました。
そうお話しすると、「なら、たくさんのことを知っておられるのですね」と言っていただくことがあります。
もちろん、長く続けてきたからこそ身についた技術や経験はあります。
けれど、それ以上に感じていることがあります。
私は、お菓子を教えてきたというより、お菓子に教えられてきたのです。
焦ってもうまくいかないこと。
待つ時間にも意味があること。
毎日の積み重ねは、決して無駄にならないこと。
一つひとつのお菓子が、そのたびに静かに教えてくれました。
うまく焼けた日だけではありません。
思うようにいかなかった日も、私にとっては大切な先生でした。
「あの失敗があったから、今がある。」
そう思える出来事が、振り返ればいくつもあります。
お菓子は、言葉では教えてくれません。
焼き色や香り、食感や生地の表情を通して、小さな気づきを届けてくれます。
その声に耳を澄ませるようになってから、お菓子作りはもっと楽しくなりました。
そして、不思議なことに、お菓子を通して学んだことは、台所の外でも役立っています。
急ぎすぎないこと。
丁寧に積み重ねること。
目の前の一つを大切にすること。
どれも、お菓子が私へ教えてくれたことばかりです。
だから今でも、新しいお菓子を焼く日は少し楽しみです。
「今日は何を教えてもらえるだろう。」
そんな気持ちでオーブンの前に立っています。
三十年という時間は、私がお菓子を育てた時間でもあります。
でも、それ以上に、お菓子が私を育ててくれた大切な時間でした。
そのことへの感謝を忘れずに、これからも一つひとつのお菓子と、静かに向き合っていきたいと思っています。
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