朝、厨房へ立つ前に、空を見上げることがあります。
雲がゆっくり流れている日。
雨音が静かに続いている日。
よく晴れて、窓から光が差し込む日。
それだけで、その日のお菓子作りが少し違って感じられます。
もちろん、天気そのものを材料に混ぜるわけではありません。
でも、空気の湿り気や室温は、生地に少しずつ影響を与えます。
だから私は、お菓子を作る前に、今日の天気とも挨拶をするような気持ちになります。
若い頃は、天気は思い通りにならない厄介な存在でした。
湿気が多い日には困り、暑い日には作業が進みにくく感じていました。
できれば毎日、同じ条件で作りたい。
そんなことを考えていた時期もあります。
でも、今は少し違います。
今日が雨なら、雨の日のお菓子を焼けばいい。
暑い日なら、その暑さと相談しながら作ればいい。
そう思えるようになりました。
自然は、こちらの都合に合わせてはくれません。
けれど、こちらが少し歩み寄ると、不思議と力を貸してくれることがあります。
お菓子作りは、自然と競う仕事ではなく、自然と一緒に歩く仕事なのかもしれません。
晴れの日には、晴れの日のおいしさがあります。
雨の日には、雨の日の静けさがあります。
どちらも、その日だけの贈りものです。
三十年間、お菓子を焼き続けてきて、天気を恨むことはなくなりました。
それよりも、「今日はどんな一日になるのだろう」と楽しみに思うことが増えました。
今日の天気も、私にとっては大切な材料の一つです。
その日の空を受け入れながら焼いたお菓子には、その日だけのやさしい表情が、そっと宿っているように思います。
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