見習いの頃の私がこのタイトルを見たら、少し首をかしげたかもしれません。
「お菓子と対話する?大丈夫か?」
そんなことがあるのだろうか、と。
あの頃の私は、お菓子を思い通りに作ろうとしていました。
レシピ通りに進めること。
失敗しないこと。
きれいに仕上げること。
そのことばかり考えていたように思います。
でも、毎日厨房に立ち、同じようで少しずつ違う生地に向き合い続けるうちに、少しずつ見方が変わってきました。
今日は水分が少し多いな。
今日は混ぜるのを、このくらいで止めよう。
今日はもう少し待ったほうが良さそうだ。
そんな小さな判断は、お菓子をよく見ることから生まれます。
こちらが一方的に作るのではなく、お菓子の様子を受け取りながら手を動かしていく。
その時間が増えるにつれて、私は「対話」という言葉がしっくりくるようになりました。
もちろん、お菓子が言葉を話すわけではありません。
けれど、生地のやわらかさや、焼き色、香りの変化は、いつも何かを教えてくれます。
その合図を見逃さないように、静かに耳を澄ませる。
そんな気持ちで厨房に立っています。
不思議なことに、お菓子と対話するようになると、自分自身とも対話する時間が増えました。
今日は少し急いでいたな。
もう少し落ち着いても良かったな。
そんなことにも気づけるようになります。
お菓子は、ただ作るだけのものではありません。
作る人の心まで映し出してくれる、小さな先生でもあります。
だから私は今日も、お菓子と向き合います。
思い通りにするためではなく、その日のお菓子が教えてくれることを、素直に受け取るために。
そうして過ごす時間が、三十年間で私が一番好きになった、お菓子作りの時間なのです。
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