焼き上がったお菓子を手に取ると、まず香りを確かめます。
甘くやさしい香り。
バターの豊かな香り。
そして、ふんわりと重なるハーブの香り。
私は、この瞬間が好きです。
お菓子は見た目も大切です。
食感も大切です。
もちろん、味も大切です。
けれど、それと同じくらい、香りも大切にしたいと思っています。
香りは、一番最初に届くおいしさだからです。
袋を開けた瞬間。
お皿へ運んだ瞬間。
まだ口へ運ぶ前から、お菓子は静かに語り始めています。
だから私は、香りをできるだけ残せるように、一つひとつの工程を大切にしています。
混ぜ方も。
焼き加減も。
冷ます時間も。
どれも最後の香りにつながっています。
香りは、目には見えません。
形にも残りません。
けれど、不思議なことに、一番記憶へ残ることがあります。
「あのお菓子、いい香りだったね。」
そんな一言をいただけると、本当にうれしくなります。
それは、おいしかったと言っていただくのとは、また少し違う喜びがあります。
三十年お菓子を作り続けてきて思うのは、お菓子は食べ終わったら終わりではないということです。
香りの記憶は、そのあともしばらく心に残ります。
ふとした季節の風。
庭のハーブ。
焼きたてのパンの香り。
そんな日常の中で、ある日突然、お菓子のことを思い出していただけることがあります。
もしそうだとしたら、それは作り手にとって何よりの贈りものです。
私は今日も、お菓子を焼きながら思います。
味だけではなく、香りまで届けられる仕事をしていきたい。
その目には見えない豊かさを、これからも大切に育てていきたいと思っています。
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