オーブンへ生地を入れると、私はまず時計を見ます。
何分焼くのか。
その目安を確認するためです。
でも、そのあと何度も時計を見ることはありません。
代わりに見るのは、お菓子のほうです。
少しずつふくらんでいく様子。
表面に色がつき始めるタイミング。
オーブンの中で静かに変わっていく姿。
そんな小さな変化を見ながら、「今日はもう少しかな」と考えています。
レシピに書かれている焼き時間は、とても大切です。
けれど、それはあくまで目安です。
季節が変われば、焼き上がりも少し変わります。
オーブンにも、それぞれの個性があります。
だから私は、数字だけではなく、お菓子そのものを信じるようになりました。
若い頃は、時計が先生でした。
今は、お菓子が先生です。
もちろん、時間を守ることは大切です。
ですが、それ以上に大切なのは、目の前のお菓子が何を教えてくれているかを受け取ることなのだと思います。
今日はもう少し焼いたほうがいい。
今日はここで止めたほうがいい。
そんな判断は、本やレシピだけでは身につきません。
一つひとつのお菓子と向き合いながら、少しずつ育っていく感覚です。
長い時間の中で、私が学んだことがあります。
技術とは、数字を覚えることだけではありません。
目で見て、香りを感じ、手で確かめること。
その積み重ねが、やがて自分だけの確かな感覚になっていきます。
焼き時間は、お菓子をおいしくするための大切な目安です。
でも、本当においしい焼き上がりを決めるのは、その数字の先にある、小さな気づきなのかもしれません。
私は今日も、時計をちらりと見たあと、もう一度オーブンの中のお菓子へ目を向けます。
そこには、数字だけでは分からない答えが、静かに焼き上がっているからです。
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