お菓子を作っていると、いつの間にか余計なことを考えなくなっている日があります。
泡立て器の音を聞きながら、生地をゆっくり混ぜる。
粉が少しずつなじんでいく様子を眺める。
オーブンの中で、少しずつ焼き色がついていくのを見守る。
ただそれだけの時間です。
特別なことをしているわけではありません。
それなのに、不思議と心が静かになっていきます。
若い頃の私は、「集中しなければ」と思っていました。
でも、集中しようと力を入れるほど、かえって周りが気になったり、失敗を恐れたりしてしまいます。
長くお菓子を作るうちに気づいたのは、集中とは作るものではなく、訪れるものだということでした。
目の前の生地をよく見る。
手の感覚を大切にする。
香りの変化に気づく。
そんな小さな積み重ねを続けていると、気づけば自然とその時間に入り込んでいます。
時計を気にしていたことも忘れ、次に何をするかを考えることもなく、その一つの工程だけに心が向いている。
そんな時間が、ときどきあります。
私は、その静かな集中が好きです。
競争もありません。
急ぐ理由もありません。
ただ、一つのお菓子と向き合っているだけです。
だからでしょうか。
焼き上がったお菓子を見ると、「うまくできた」という気持ちより、「良い時間だったな」と感じることがあります。
お菓子作りは、完成したものだけが価値ではありません。
作っている時間そのものも、大切な贈りものです。
今日もまた、台所には静かな時間が流れています。
その穏やかなひとときがあるから、私は何度でもお菓子を焼きたくなるのだと思っています。
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