時計を見るたびに、少しだけ気持ちが急いてしまう日があります。
「早く混ぜよう。」
「早く型へ流そう。」
「もう焼けただろうか。」
そんなふうに心が前へ前へと進み始めると、不思議なくらい、お菓子は思うように仕上がりません。
私も何度、このことをお菓子から教えられてきたことでしょう。
焦っている日は、生地の小さな変化を見落とします。
バターがまだ少し硬かったこと。
粉がきれいに混ざり切っていなかったこと。
焼き色があと少しだけ足りなかったこと。
どれも後から気づくような、小さなことばかりです。
お菓子作りは、急ぐことよりも、待つことのほうが多い営みです。
オーブンが温まるのを待ちます。
生地を休ませる時間があります。
焼き上がってからも、粗熱が取れるまで待ちます。
その一つひとつには、ちゃんと意味があります。
だから私は、急ぎたくなったときほど、少しだけ動きをゆっくりにします。
深呼吸をひとつして、生地をもう一度眺める。
材料に手を添えながら、「大丈夫、まだ間に合う」と自分に言い聞かせる。
それだけで、不思議と気持ちが落ち着いてきます。
三十年間お菓子を作り続けてきて思うのは、お菓子には作る人の時間の流れが映るということです。
慌ただしい日に焼いたお菓子と、穏やかな気持ちで焼いたお菓子。
まったく同じ配合でも、どこか表情が違って見えることがあります。
もちろん、毎日ゆとりを持てるわけではありません。
忙しい日もありますし、予定に追われる日もあります。
それでも、ほんの少しだけ心の歩幅をゆるめることはできます。
お菓子は、急がせるものではありません。
ゆっくり向き合った時間のぶんだけ、静かに応えてくれるものなのだと、私は今でも信じています。
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