焼き上がったお菓子をお皿へ載せるとき、私は少しだけ眺める時間があります。
「これでいい。」
そう思えたら、それ以上は手を加えません。
若い頃は、何かを足したくなることがよくありました。
もう少し飾ろう。
もう一工夫してみよう。
もっと目を引くお菓子にしたい。
そんな気持ちで、最後の最後まで手を動かしていました。
もちろん、その経験も大切でした。
だからこそ分かったことがあります。
何もしないことも、一つの仕事なのだということです。
余白とは、何もないことではありません。
大切なものが、きちんと伝わるための静かな場所です。
飾りすぎないから、焼き色が引き立ちます。
香りを重ねすぎないから、ハーブのやさしさが残ります。
甘さを足しすぎないから、素材の味わいが感じられます。
引き算の先に生まれる、その穏やかな空気が私は好きです。
暮らしにも、余白があります。
予定を詰め込みすぎない日。
窓の外を眺める数分。
お茶を飲みながら深呼吸する時間。
そういう何気ないひとときがあるから、毎日は少しやさしく流れていきます。
お菓子も同じなのかもしれません。
作る人が余白を大切にすると、お菓子にもどこか安心できる空気が宿ります。
三十年間、お菓子を焼き続けてきて思うことがあります。
おいしさは、足し算だけでは生まれません。
余白があるからこそ、本当に伝えたい味わいが、静かに届くのだと思います。
だから私は今日も、最後のひと手間を加える前に、一度立ち止まります。
そして、お菓子に問いかけます。
「もう十分かな。」
その静かな問いかけが、お菓子にも、暮らしにも、やさしい余白を残してくれるような気がしています。
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