オーブンの扉を開ける瞬間は、何年経っても少しだけ緊張します。
焼き上がったお菓子は、言葉を話してくれません。
けれど、その焼き色を見れば、たくさんのことを教えてくれます。
少し白ければ、「もう少し待ってほしかったなぁ。」
焼きすぎていれば、「少しギリギリを狙いすぎたね。」
そんなふうに、お菓子が静かに返事をしてくれているように感じるのです。
私は長年、お菓子を作りながら、この返事を受け取る練習を続けてきました。
最初の頃は、焼き時間ばかり気にしていました。
レシピに「170℃で20分」と書いてあれば、その数字だけを信じていました。
もちろん、それは大切な目安です。
でも、実際の台所では、季節も違えばオーブンの個性も違います。
同じ二十分でも、その日のお菓子が求めている焼き加減は少しずつ変わるのです。
だから私は、時計を見る前に、お菓子を見るようになりました。
表面の色。
ふくらみ方。
縁の焼け具合。
そんな小さな変化を見ていると、「そろそろかな」という感覚が少しずつ育っていきます。
それは特別な才能ではありません。
何度も焼き、何度も失敗し、そのたびにお菓子から返事を受け取り続けた結果なのだと思います。
焼き色は、良い悪いを決めるためだけのものではありません。
今日のお菓子が、どんな時間を過ごしてきたのかを教えてくれる、小さな手紙のようなものです。
その返事を焦らず受け取れるようになると、お菓子作りは少しずつ楽しくなっていきます。
そして気がつけば、オーブンの前で待つ時間さえ、愛おしいひとときになっているのです。
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